銀時が記憶を失ってから、あっという間に数年の時が過ぎた。
どれだけ時間が経っても、彼の記憶が戻りそうな予兆も、予感もない。
真っ当に生き直すと決めた彼は、今ではとても真面目に働いている。
だったらそれで良いじゃないかと寂しそうに笑ったのは、
銀時の下の階に住む婆さんだった。
誰も納得なんかしていない様子だったけれど、
どうしようも出来ないのだから仕方がなかった。
そして彼の自宅には、今もまだ眼鏡の小僧とチャイナの小娘がいる。
「万事屋銀ちゃん」の看板は外されているものの、二人は出て行こうとしなかった。
コイツはもうお前らの知っている坂田銀時じゃねえんだよと幾ら教えても、
時折昔の彼の面影を見つけては、どこへも行けないようだった。
それは俺も同じ気持ちだったので、無理やりに追い出す事は出来なくて、
数ヶ月に一度訪れるだけの俺の事も同様に、二人は追い出さないでいてくれた。
恐らくは俺の存在に期待しているのではないだろうか。
俺達は幼馴染だと告げた時の彼らの瞳の色は希望だったように思う。
彼の記憶の枝を揺らすそよ風程度になるとでも思ったのかも知れない。
(残念ながら、俺達はそんなもんじゃねえんだ)
確かに二人は幼少時代を共にして、彼は高杉の憧憬を奪っていった。
高杉にとって、それは感情の全てに等しい大きさだった。
けれど、銀時の心に触れる事は一度だって出来なかったのだ。
伸ばした指は届いても、焦がれた想いは届かない。
片想いとも呼べない未熟な何かを、今になっても持て余しているだけの感傷だ。
俺達の間には何も横たわらない。何も残っていない。思い出なんて、ひとつも。
その証明に、高杉と会ったところで、彼は記憶を取り戻さなかった。
ただ無防備な瞳を向けて、ぞっとするほど優しい顔をしただけで。
しかしそれから長い時間が過ぎても、高杉は足繁く此処へ通ってしまうのだった。
「銀時、これをお前にやるよ」
とある日、そう言って高杉はずずいと右手を差し出した。
休日だというのに朝早くから起きて洗濯を始めていた銀時は、目をぱちくりさせる。
「受け取れ」
「な、何ですか?」
おずおずと伸びてきた彼の手を、もどかしくて強引に引き寄せる。
(そのまま口付けてしまいたい衝動を、嗚呼、本当に出来たなら良かったのに)
「俺の、宝ものだ……」
それは師の松陽がいなくなった日に、銀時が高杉にくれたものだった。
きっとあの頃の彼が一番優しくて一番愚かで一番不幸だっただろう。
(そしてそんな想いすら忘れてしまうお前はもっと不幸だよ、銀時)
「これが、宝もの?」
「そう。一生大切に持っていろ。宝箱にでも入れてな」
宝箱なんて持ってないですよ、と言って彼は笑う。
すぐに買わなくちゃいけないですね、ロフトかな。なんて冗談を続けて。
もちろん、思い出したりはしない。
今まで、どんな思い出の物、人、風景を見ても何も思い出さなかったのだ。
こんなガラクタで取り戻せるはずがない事はわかっていた。
それでも、それでも俺がこれをお前に渡した理由が、果たしてお前にわかるだろうか。
(それでも、お前が此処で笑っいてくれて、俺が嬉しいからだ)
(嬉しいんだ。ばかみたいに。)
(お前の誕生日なんていう、くだらない日の、ただ、それだけの事で)
「ありがとうございます、高杉さん」
+++++
何も覚えていないお前に。真面目なお前に。俺に優しいお前に。目の前のお前に。
「おめでとう、銀時」
+++++
ずっと書きたかった記憶の戻らない坂田さんのお話。
こんなに短い予定じゃなかったんですけど、
何年も書けずに放置していたので、今回を機にやっと書いてみましたー。
何故誕生日祝いに坂田さん?って感じですが、
坂田さんは誰にも祝って貰えない気がしたので、そんなの寂しいので。笑
誰かに祝ってもらっていたら完全に私の杞憂なのであった。
というわけで!銀さん!ハッピーバースデー!
最初は高誕の時と同じお手紙方式をやろうとしたんです。
でも高杉から銀さんへのお祝いメッセージとか全く浮かばなくて諦めました。
高杉は「おめでとう」とかあんまり言わないイメージがありますね……
あ、でもうちの高杉は基本的に坂田さんの前だと
超素直な良い子(笑)なので、今回はちゃんと言いましたけど!
ツンデレからツンを抜いた状態の完成です!
本日は誕生日会に出席してきます。同席する皆様よろしくお願いします。
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