あんたのことじゃない、と中禅寺は冷たく言い放つ。
その冷徹な声音と言霊を聞いて、中禅寺の言葉は甘美な毒に似ているなどという感想が頭を過ぎった榎木津は、己の薄っぺらな発想に乾いた笑みを零した。毒、などという言葉では納まりきらない深淵だ。彼の心底を覗き込めば、物の怪すら恐れ戦き、ひれ伏すのかも知れない。
「ひどいじゃないかッ」
一人教室で書物を読み耽る根暗な男、中禅寺秋彦に、榎木津礼次郎は大声で詰め寄った。中禅寺は珍しくぼんやりとしていたので、その大声にびくりと肩を強張らせた。あの中禅寺がぼんやりしているだなんて、千年に一度見れるか見れないかの龍の咆哮を聞くより珍しく奇妙なことだ。しかし榎木津はその珍妙さを構わず、中禅寺の隣の椅子にがたがたと騒がしく腰掛けた。
中禅寺は榎木津の様子を横目で見た後、すっかり落ち着きを取り戻して読みかけの書物に目を落とした。そこに動揺の影は微塵も無い。
「……なんです、藪から棒に」
「ふふん、僕は聞いていたのだぞ。君が美しい女学生をこてんぱんに傷つけてしまうのを」
どこから、と訪ねる声に、最初から最後までと答える。
しれっとした様子の榎木津に、中禅寺は呆れと感服の意を込めて溜息を零した。
「盗み聞きですか、あなたともあろう人が」
「僕は神だから、お前のような不逞な輩は見逃さないということだ」
「それが僕と彼女の会話を聞いてしまったことに対する言い訳になりますかね」
「言い訳?」
その言葉に、榎木津の頬がわずか引き攣る。
中禅寺はその顔の微妙な、しかしわかりやすい変化を目聡く見つけ、けれど気が付かない風を装って、目を伏せたまま彼の反応を待った。榎木津礼二郎ともあれば、学内で知らぬ者はない有名人であり、中禅寺が腹を抱えて笑ってしまうほど高貴な御方である。似合いませんねと、過去言ったことがあった。あなたの肩書きは、あなたに似合わないと。榎木津は笑って、僕は僕しか持っていないと答えた。その時の心の震えを、誰に理解してもらえるだろう。肩書きなどと、彼にとって無に等しいものであったのだ。
だからこそ彼は高貴なのだと、中禅寺は思った。
生い立ちや容姿とは全く別のところで、彼は貴くあり続ける。
「僕は言い訳をしているんじゃない。君を叱っている。中禅寺秋彦を、だ」
「どうして榎木津礼二郎に叱られますか」
「彼女の可憐な想いを聞いただろう。恋する乙女を傷つけるとは暴漢のすることだ」
栞を挟んでぱたんと本を閉じ、中禅寺は榎木津に向き直った。つまり、今日初めて互いは互いの顔をまじまじと見ることになる。見慣れた顔だ。それと同時に、そう慎重に見つめる機会がない顔でもある。今は当然のように隣にあるものでも明日になれば失われてしまうかも知れないのに、二人はその事を考えないようにして、当然の物事を当然だと受け入れる事に躍起になっていた。殊更に顔を見つめないようにと気遣っているのは中禅寺の方だったけれど。
「あの娘を慈しめと、神は仰るのですか」
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京極を読んでしばらく経つので文体を少しばかりも真似ることができず
私のだらしない感じの文章ですみません。なんぞこれ。
まぁ真似てもだらしなさは変わらないので…ね…笑
神を可愛く書いたら京榎で格好良く書いたら榎京なのかなと思ってます。
神が世界の中心です。
てか学生時代は京極堂じゃなく中禅寺なので表記は中榎…なのか?
なんにしても遊んですみません。今度こそちゃんと潜ります。
あ、でも一番上の記事がこれは嫌だな。もうなんでもいいや。今度こそ!
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