【背負う弦月】
(銀時×高杉+万斉)(【04.偏】のつづき)すっと身を潜めて路地裏を伺えば、
やはりと言うか何と言うか月明かりに光る銀色が見えた。
苦々しい気持ちを収めて、彼が危害を与える相手ではないことを確認する。
その銀色は坂田銀時に間違いはなく、高杉を見る目に敵意は伺えない。
「はっ、なんだよ…急いで来たのか?」
銀時は、汗を浮かべる高杉の額を手のひらで拭う。
その低く囁く声音はいかにも恋情と欲情に満ちていると言わんばかりだ。
「鈍足で来たに決まってんだろうが。暑いから、汗はかくさ」
「そう。俺のために急いでくれたんだ」
「なん……っ話を聞け、てめぇは」
まさか照れているなんてことはないだろうが、その言葉に高杉は俯く。
その間にも銀時の手は高杉の形を確かめるみたいに上から下からと触れて、
何かの溝を埋めるているように見えた。月明かりの下で触れ合う二人。
万斉は何かの感性を刺激されそうなその光景に思わず魅入る。
俯いた高杉をおかしそうに眺めて、銀時は目を細めた。
「だって、高杉の話なんか聞いててもつまんねぇよ…なぁ、」
顔を寄せ、耳元で何事か囁く。
声こそ届かなかったが、万斉は彼の唇の動きを読むことが出来た。
(こっちむいて。)
きっとその声は何よりも柔らかいのだろうと万斉が想像していると、
高杉は「うるせぇな」と答えて「ふざけてると斬るぞ」などと脅し始めた。
万斉はおかしな気持ちだった。高杉の声は、普段と変わりない。
万斉に護衛は不要だと言い、好きにしろと告げた声音と何も変わってない。
けれど坂田銀時の態度には呆れ返るほどの違いがある。
(この甘い男は誰なのだろう)
敵味方に恐れられる白夜叉という男も、恋の病に喰われてしまうのか。
恋しい相手の前で顔の筋肉を弛緩させ、油断しまくりである。
高杉の「斬る」という脅し文句にも、さっぱり警戒していない様子だ。
その様子は高杉にも充分伝わったのか、はぁ、と溜息を吐いて脱力する。
「銀時ィ、そのニヤけた面構えはいつも止めろって言ってんだろうが」
「あれ、そうだっけ…」
「俺はそんなだらしがねぇお前に会いに来たんじゃねぇんだよ」
高杉は手を伸ばして、銀時の襟元を掴むとぐいっと引き寄せた。
口付けをするのかと思いむやみに慌てた万斉を尻目に、
二人は唇が触れ合うぎりぎりの距離で止まった。高杉が悪役のようににやりと笑う。
「…お前にわかるかよ」挑発的な瞳。「俺の言いたい台詞が」
(……拙者にはわからん)
こんなに素直な挑発を高杉が誰かに向けるなど予想外のことで、
万斉は魅入る神経を通り越して、耐えられずに眼を逸らした。
やけに指先がチリチリする。高杉の真っ直ぐで鋭い眼差しが脳裏から離れない。
(この感覚は何でござろう)
視線を二人に戻す前に、周囲を確認する。
人の気配はなく、夜空には弦月が浮いている。普段よりずっと綺麗だった。
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