(白夜叉がもし死んだら)(俺はこの手で土に埋めてやると決めていた)
総督、と部下が呼ぶ声に振り返る。高杉は不機嫌な声で「何だ」と答えた。
仲間が数名見当たらないのだという答えが返ってくる。
考えられる選択肢は、戦死か、逃亡か、身動きの取れない状況にあることだ。
できれば二番であってくれ、と声には出さずに高杉は祈った。
こんな戦、逃げてしまったほうがいい。もはや絶望はすぐ底に息づいている。
幾つかの指示を出した後、高杉は急ごしらえの自室へ戻ろうとした。
しかしその途中で、襖ごしに声が聞こえた気がして立ち止まる。
「…っ、ん、あ」
気のせいではなかった。聞き違えるはずが無い。美しい夜叉の声である。
かた、と静かに襖を開く。白夜叉は粗末は布団に蹲り、何事か呻いていた。
「銀時ィ?」
その声に、銀時はがばっと飛び起きる。
きょろりと部屋を見渡して高杉の姿を認めると、安心したように顔がほころんだ。
(嗚呼、なんて、)(強く美しく懸命に生きる彼の姿は、なんて愛しいのか)
高杉は布団の横に座り込み、銀時の肩を押して、寝ているように指示する。
「帰って来たんだな。怪我は?」
「んなヘマするかよ、てめぇは……また魘されてたのか」
ぐっしょりと汗をかいて、息も荒い。こうして悪夢を見ることがたびたびあった。
高杉はその度に気付けるわけではない。一人で過ごすことの方が多いだろう。
暗い部屋の中で魘され、身を捩る彼の姿を想像すると、高杉は興奮してしまう。
眉間に皺を寄せて苦悶に耐える表情は、閨のソレと変わらないのだろうか。
見たい、などと、思ってしまう。愚かなことだ。彼にとっては苦痛でしかないのに。
「弱ぇな、あんなに、強いのに」
「……はは、どっちだよ」
笑った声が掠れている。
そういえば先程の呻き声はやけに色っぽかったなどと無粋なことを思う。
「俺の勝利の女神、いや、神様だ。勇ましくて、果敢で、負ける気がしねぇ」
苦痛に歪む顔が見たい。悶える声が聞きたい。それは、その感情は、恋だろうか。
果たして高杉にはわからなかった。美しい生き物に対するこの感情の名前。
それは、恋だとか愛だとか、一文字で済むような軽はずみなものではなかったのだ。
(だとしたら、何千万字あれば伝えられる?)(この黒く凄烈な想い、を)
「でも、よぉ、銀時」
「ん…?…ぁ、ちょ、冷たっ」
高杉の冷たい手が着物の裾から入って銀時の肩をなぞる。
肩のラインを辿り、脇を経て、胸元を這う。銀時はその冷たさに身震いした。
「――逃げたって、いいんだぜ」
しんとした部屋に、不気味なほど響いた。
最善の選択肢は二番だ。
それは高杉が想い続けながらも、誰にも伝えたことが無い想いだった。
しかし、どうしてか今になって伝えて、吐き出して、逃げ出して、しまった。
この答えを教えることは、高杉にとって戦から逃げるのと同じことだ。
銀時の身体が、手の這う感触以外の理由で震える。
「……ばかだな、高杉」
「俺が?」
銀時が上体を起こす。はらりと着物がはだけて、その白い肌がむき出しになる。
月明かりに照らし出されるそれはこの世の何よりも美しいと思えた。
それは絶望とは正反対の希望。この世界に足りない色だ。
だからこそ失えないと、土に埋めるのはまだ早いと、思ってしまうのかも知れない。
銀時の手が高杉の瞼に伸びる。視界が、その手で覆われた。
「いつもそんな風に、笑いながら、泣くんだから」
涙は見せないの? と、そんな風に言われて、誰が泣けるというのだろう。
わかってないなと笑って(きっと泣いて)その汗に濡れた身体を抱き寄せた。
お別れが近いとなぜか思えた。しょうがないと諦めることが出来るかどうかはわからない。
この強く美しい化け物を飼って良いのは俺だけなのに。
この手を離すことが、離れていくことを許すことが、本当にできるだろうか。
最善の選択肢は、二番だと知っていても。そんな二文字で、僕は救えない。
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